越前奇談怪談集(12)海中から来た怪牛
マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳
横浜浦(敦賀市)に岡崎山という半島があり、その下には洞穴がある。中に潮が満々とたまって池のようであり、竜神が棲むとされる。日照りには、遠近から人びとが雨乞いに来た。
さて、昔ある男が、この洞穴の辺りに行った時、ふとしたはずみで腰の刀が飛び出し、海中に落ちてしまった。慌てて見ると、洞穴の中にひとりでに輝きながら落ちていく。刀を失うまいとすぐ水中に入って取り戻した。しかし、竜神がひとたび執着したものゆえ、霊威を崇めて、社を建てて刀を奉納した。数日して、海中から大きな牛のような形の者が社まで登ってきて、刀をくわえて海中に帰っていった。以来、一月四日の「宮の行い」では、牛を追い退ける儀式をして社に参詣するのである。
さて、昔ある男が、この洞穴の辺りに行った時、ふとしたはずみで腰の刀が飛び出し、海中に落ちてしまった。慌てて見ると、洞穴の中にひとりでに輝きながら落ちていく。刀を失うまいとすぐ水中に入って取り戻した。しかし、竜神がひとたび執着したものゆえ、霊威を崇めて、社を建てて刀を奉納した。数日して、海中から大きな牛のような形の者が社まで登ってきて、刀をくわえて海中に帰っていった。以来、一月四日の「宮の行い」では、牛を追い退ける儀式をして社に参詣するのである。
資料原本と翻刻文
当浦ニ岡崎山ト云フ半島アリ、其山下ニ巌洞アリ、其中ニ潮満々トシテ池水ノ如シ、其中ニ竜神居云云、旱魃ノトキハ遠近ノ村落ヨリ雨請ニ来ル、然ルニ往古人在テ、彼巌洞ノ辺リニ趣キシニ、不図腰ニ佩タル刀迸リ抜ケ海中ニ落ツ、周章是ヲミレハ、洞穴ノ中ヘ自然晃々トシテ行ク、刀ヲ失ハンコトヲ憂テ、忽チ水中ニ入リ、取反ストイヘトモ、竜神一度懸念セシモノナレハ、霊威ヲ崇メ、社ヲ建テ右ノ刀ヲ奉納ス、不日海中ヨリ大ナル牛ノ如キ形ノモノ社ヘ登リ、奉納セシ刀ヲ噛ヘ、海中ヘ帰没セリ、夫ヨリ已来、今ニ一月四日ニ宮ノ行ヒト称シ、牛ヲ追退ケルノ旧式アリテ参詣スル也