越前奇談怪談集(15)隅櫓下の巨大スッポン
マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳
福井城北西の隅櫓に登ると、その向こう側は中根雪江の屋敷、神明神社などが見える。櫓の下から中根の屋敷前までの堀はとても深く、水の色も青々として恐い感じがする。
この堀には巨大なスッポンがいると、井原源兵衛老人やその他の者が私に語っていた。しかしながら、井原の話によれば、それはまったくの嘘であり、誰も見た人はいない、とのことであった。私もそれはまったくの事実無根の説であり、虚言だと思っていた。
ところが、たしか嘉永(一八四八~五四)のことだったか、呉服町から出火し、風が激しかったため大火になることがあった。この時、私はこの櫓に登って火事を見ていた。すると、下の堀で、巨大スッポンが水上に浮かび上がるのを見た。櫓から堀まではずいぶん距離もあるため、はっきりとはわからないが、甲羅の幅は六尺ばかり(約一・八メートル)、長さは九尺ばかり(約二・七メートル)、頭は一尺ばかり(約三〇センチ)の丸さに見えた。しばらくして水の下に入って行って見えなくなった。
本当に見たから、ここに記すのである。
この堀には巨大なスッポンがいると、井原源兵衛老人やその他の者が私に語っていた。しかしながら、井原の話によれば、それはまったくの嘘であり、誰も見た人はいない、とのことであった。私もそれはまったくの事実無根の説であり、虚言だと思っていた。
ところが、たしか嘉永(一八四八~五四)のことだったか、呉服町から出火し、風が激しかったため大火になることがあった。この時、私はこの櫓に登って火事を見ていた。すると、下の堀で、巨大スッポンが水上に浮かび上がるのを見た。櫓から堀まではずいぶん距離もあるため、はっきりとはわからないが、甲羅の幅は六尺ばかり(約一・八メートル)、長さは九尺ばかり(約二・七メートル)、頭は一尺ばかり(約三〇センチ)の丸さに見えた。しばらくして水の下に入って行って見えなくなった。
本当に見たから、ここに記すのである。
資料原本と翻刻文
一 角櫓之上ニ登れハ、向ふは中根雪江の屋敷ニ神明社等見へ、櫓の下より中根屋敷前まて堀ニて、頗ル深くして水色も青々としてこわく、此堀ニハ大なる鼈のありしと井原老人其他のもの余ニ語れり、然れとも、井原なとの咄ニハ全ク虚なるへし、誰も見たる人なしといふ、余も全く無根の説ニして虚言なりと思ひしか、たしか嘉永度歟、呉服町より出火し、風もはけしく大火となり、此時、余角櫓ニ登りて火事を見たる折、櫓の下の堀ニ大鼈の水上ニ浮ふを見る、櫓より堀まてハ余程間数ありし故、明瞭ならされとも、鼈ノ甲幅六尺斗、長サ九尺斗り、頭首ハ壱尺斗りの丸さニ見ゆ、無程水下へ入りて見へす、真ニ見たるかゆへニこゝに記せり