越前奇談怪談集(16)老カワウソの手
マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳
この水野源七が、福井城三の丸北御門の前、今は笹川藤内の屋敷になっているところに住んでいた時のこと、源七の妻がある夜、便所へ行ったところ、毛の生えた手が尻を撫でてきた。大いに驚いて、源七にこのことを話したところ、源七はすぐに脇指を抜いて、夜な夜な便所に行って待ち構えた。
再びある夜、尻を撫でてきたところを、しっかり手を捉えて脇指で切り落とし、よくよく見ると、それは老いたカワウソの手であった。
それから、そのカワウソがやってきて、イタズラを詫びて嘆き、「手を返してください」とお願いしてきた。しかし、「願いをかなえることはできない」といって返さなかったところ、「それならば、三つの謝礼をいたします。一つめは、客が来る前夜に、人数を書き付けて、台所の柱に張り置いてください。人数分の肴を献上いたします。二つめは、子孫が水難にあうことはありません。三つめは、骨継ぎの妙薬をお教えします」と言ってきたので、源七は手を返してやった。
それからは客があるごとに肴を持ってきて置かれていたが、後に貸した皿を下女が誤って割ってしまったので、その後は持ってくることはなかった。妙薬の方法も失われ、川立ちの守(水難除けのお守り)だけは今でも人に頼まれれば出して見せている。
再びある夜、尻を撫でてきたところを、しっかり手を捉えて脇指で切り落とし、よくよく見ると、それは老いたカワウソの手であった。
それから、そのカワウソがやってきて、イタズラを詫びて嘆き、「手を返してください」とお願いしてきた。しかし、「願いをかなえることはできない」といって返さなかったところ、「それならば、三つの謝礼をいたします。一つめは、客が来る前夜に、人数を書き付けて、台所の柱に張り置いてください。人数分の肴を献上いたします。二つめは、子孫が水難にあうことはありません。三つめは、骨継ぎの妙薬をお教えします」と言ってきたので、源七は手を返してやった。
それからは客があるごとに肴を持ってきて置かれていたが、後に貸した皿を下女が誤って割ってしまったので、その後は持ってくることはなかった。妙薬の方法も失われ、川立ちの守(水難除けのお守り)だけは今でも人に頼まれれば出して見せている。
資料原本と翻刻文
一 此水野源七、三の丸北御門前、今笹川藤内屋敷に住ける時、妻女、或夜閑所へ行たりけるに、毛生たる手にて尻をなてにけり、大におとろき、源七にかくと言けれハ、源七、夫よりわきさしをぬきもふけ、夜〳〵雪隠に行てこゝろみしに、又或夜、尻をなてけるを、しかととらへ、脇指にて切放し、能々見れハ老獺の手なり、夫より彼獺来りて詫なけき、手を返し給われと願しかと、かなふましきとて返さざりけれハ、さあらハ三色の謝礼をなし可申、壱ツにハ客の有前夜、客人の数を書付、なかしの柱に張置給へ、肴を奉らん、器物もかし奉らん、弐ツにハ、子孫水難有へからす、三ツにハ、骨継の妙薬を教へまいらせんと申せしまゝ、手を返してけり、夫よりきやくの有毎に肴を遣し置けるか、後にかしける皿を下女あやまりてわりけれハ、其後ハ持来らす、妙薬の法も失ひ、川立の守斗ハ今も人の乞にまかせて出すなり、(以下略)