越前奇談怪談集(18)ぼた餅化物
マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳
床下の声
越前国鯖江城下の近辺、新庄村(鯖江市)の百姓家の床下で、何物かの声がして、人がしゃべることを口真似してきた。家中大いに驚いて、急いで床板をはがして見るが、何も見つからない。また、床板をふさいで、人々がしゃべりだすと、どんなことでも床下から口真似の声が聞こえてきた。
しだいに村中の評判となり、若者たちが毎晩大勢やってきてこの家に集まり、いろいろな事をしゃべると、どれも床下のものが口真似してきた。若者が床上から「おのれは古狸であろう」と聞くと、床下からは「狸ではない」と答えてくる。「しからば、狐であろう」と問うと、「狐でもない」と答える。「猫か」と言えば、「ちがう」と言う。「鼬(いたち)!」、「河太郎(かっぱ)!」、「獺(かわうそ)」、「鼹鼠(うごろもち=もぐら)!」など、いろいろな名前を思いつくまま問いかけると、「そのどれでもない」と答える。「ならば、おのれは、ぼた餅であろう」と言うと、「たしかに、ぼた餅である」と言った。それからは「ぼた餅化物」と名付けて、その近辺では大評判となった。
このことが城下にまで伝わったため、奇怪の事として、調査の役人が大勢この村にやってきた。ひと晩、この家にいて、試してみるが何の声もしない。しかし、役人が帰ってしまうと、翌晩からはまた声がして、いろいろな事をしゃべる。その後も何度も役人がやって来たが、その晩は、一度もしゃべらない。そのため、どうすることもできず、そのまま打ち捨てておいたが、一か月ほど経った後から、何の声も聞こえなくなり、怪事は止んだ。何者のしわざということもわからず、どのようにしたら止まったかということがあるわけでもなく、自然とおさまったとのことである。
越前国鯖江城下の近辺、新庄村(鯖江市)の百姓家の床下で、何物かの声がして、人がしゃべることを口真似してきた。家中大いに驚いて、急いで床板をはがして見るが、何も見つからない。また、床板をふさいで、人々がしゃべりだすと、どんなことでも床下から口真似の声が聞こえてきた。
しだいに村中の評判となり、若者たちが毎晩大勢やってきてこの家に集まり、いろいろな事をしゃべると、どれも床下のものが口真似してきた。若者が床上から「おのれは古狸であろう」と聞くと、床下からは「狸ではない」と答えてくる。「しからば、狐であろう」と問うと、「狐でもない」と答える。「猫か」と言えば、「ちがう」と言う。「鼬(いたち)!」、「河太郎(かっぱ)!」、「獺(かわうそ)」、「鼹鼠(うごろもち=もぐら)!」など、いろいろな名前を思いつくまま問いかけると、「そのどれでもない」と答える。「ならば、おのれは、ぼた餅であろう」と言うと、「たしかに、ぼた餅である」と言った。それからは「ぼた餅化物」と名付けて、その近辺では大評判となった。
このことが城下にまで伝わったため、奇怪の事として、調査の役人が大勢この村にやってきた。ひと晩、この家にいて、試してみるが何の声もしない。しかし、役人が帰ってしまうと、翌晩からはまた声がして、いろいろな事をしゃべる。その後も何度も役人がやって来たが、その晩は、一度もしゃべらない。そのため、どうすることもできず、そのまま打ち捨てておいたが、一か月ほど経った後から、何の声も聞こえなくなり、怪事は止んだ。何者のしわざということもわからず、どのようにしたら止まったかということがあるわけでもなく、自然とおさまったとのことである。
資料原本と翻刻文
床下の声
越前国鯖江の近辺新庄村に百姓の家の下にて何物か声ありて人のいふことの口まねす、家内の男女大ニ驚き、急に床板を引明て見るに、何事も見へず、又床をふさぎ、人々物いふ時は何事にても床の下より口まねす、後にハ村中の沙汰となり、若き者共、毎夜大勢来り集り、色〳〵の事をいふに、皆々床の下にても口まねす、上よりおのれハ古狸なるへしといへハ、狸にはあらずといふ、然らバ狐なるべしといふに、狐にもあらずといふ、猫かといふに、然らずといふ、鼬、河太郎、獺、鼹鼠など色〳〵の名を出るに任せて問ふに、いづれにもあらずと答ふ、然らハおのれハぼた餅なるべしといひしに、なる程ぼた餅なりといふ、それよりぼた餅化物と異名して、其近辺大評判に成れり、此事城下に聞へけれバ、奇怪の事なりとて吟味の役人大勢来り、一夜此家に居て試るに何の声もせす、役人帰れハ其翌夜ハ又声ありて、いろ〳〵の事をいふ、其後も毎度役人来りしかと、其来れる夜は壱度も物を言ハす故にせんかたなくて、其まゝに打捨置しか、壱月バかりして、其後は何の声もなく、怪事ハ止にけり、何の所為といふことも知れす、いかにしてやミたりといふことも無くて、おのつから治りぬ
越前国鯖江の近辺新庄村に百姓の家の下にて何物か声ありて人のいふことの口まねす、家内の男女大ニ驚き、急に床板を引明て見るに、何事も見へず、又床をふさぎ、人々物いふ時は何事にても床の下より口まねす、後にハ村中の沙汰となり、若き者共、毎夜大勢来り集り、色〳〵の事をいふに、皆々床の下にても口まねす、上よりおのれハ古狸なるへしといへハ、狸にはあらずといふ、然らバ狐なるべしといふに、狐にもあらずといふ、猫かといふに、然らずといふ、鼬、河太郎、獺、鼹鼠など色〳〵の名を出るに任せて問ふに、いづれにもあらずと答ふ、然らハおのれハぼた餅なるべしといひしに、なる程ぼた餅なりといふ、それよりぼた餅化物と異名して、其近辺大評判に成れり、此事城下に聞へけれバ、奇怪の事なりとて吟味の役人大勢来り、一夜此家に居て試るに何の声もせす、役人帰れハ其翌夜ハ又声ありて、いろ〳〵の事をいふ、其後も毎度役人来りしかと、其来れる夜は壱度も物を言ハす故にせんかたなくて、其まゝに打捨置しか、壱月バかりして、其後は何の声もなく、怪事ハ止にけり、何の所為といふことも知れす、いかにしてやミたりといふことも無くて、おのつから治りぬ