越前奇談怪談集(21)抜け首

マット・マイヤー氏のイラストと現代語訳

画像:抜け首
  女の妄念が迷い歩くこと
 越前北庄(福井市)に住む男が、夜もまだ明けぬうちに上方へ上ろうとした。鯖屋という所(鯖江市舟津町)に大きな石塔があり、その下からニワトリが一羽飛び立って道に降りた。月夜の影によくよく見ると、それは女の首である。首は男の方を見て、怪しく笑った。男が少しも騒ぐことなく刀を抜いて切りかかると、首はそのまま道筋を変えて、上の方からくる。
 後に続いて追いかけ、府中町上市(越前市柳町・若竹町)まで追いついてみると、ある家の窓から、中へ飛び入った。不思議なことだと思って、しばらく立って休みながら、内の様子を聞いていると、女房の声がする。夫を起こして、「あら、おそろしや。いま見た夢に、鯖屋野を通っていたら、男が一人、私を切ろうとして追いかけてきた。ここまで逃げてきたと思ったら、夢から覚めた。汗びっしょりになった」などと言ってため息をついて語っていた。
 門のところにいた男は、これを聞くと、戸をたたいて、「失礼なことを申し上げるが、お伝えしたいことがあります。戸をお開けください」と言って家の中に入った。「ただいま、あなたを追いかけたのは私です。さては人間でいらっしゃいましたか。このように妄念が迷い歩くとは、あなたの罪業の程度には驚かされます」と言って家を出た。
 女も自身の境遇を嘆き、このありさまでは、夫に添い遂げることもつらいとおもい、京へ上り、北野真西寺に引きこもって、ただ来世だけを祈ったということだ。まことにめずらしい例である。

資料原本と翻刻文

原本画像を見る➤「曽呂利はなし 巻第一」(東京都立図書館蔵)7-8コマ(254-255)

画像:抜け首
  女のまうねんまよひありく事
越前の北庄といふ所に、あるものかミがたへ、また夜をこめてのぼるとて、さハやといふ所に大なる石たう有ける、その下より、にハとりひとつたちて道におるゝ、月夜かげによく〳〵ミれハ、女のくびなり、彼おとこをミてけしからすわらふ、おとこすこしもさハがす、刀をぬきて切てかゝれは、そのまゝ道すぢをかへて、上のかたよりくる、つゞいておふほどに、府中の町かミひぢといふ所までおひつけてミれハ、ある家のまどより、うちへとび入、ふしぎなることに思ひ、しバし立やすらひて、内のやうを聞ハ、女バうの声にて、男をおこし、あらおそろしや、只今の夢に、さハや野をとをりしが、おとこ一人、我をきらんとておふ程に、是まてにげけると思へハ夢さめぬ、あせ水になりしなどいひて、大いきついてかたる、門にあるおとこ、此由を聞、戸をたゝき、りやうしなる申ことにて候へ共、申へき事あり、あけさせ給へとて内に入、たゞ今おひ参らせ候ハ我等にて候、扨ハ人間にてわたらせ給ひけるか、罪業のほとこそあさましけれとてとをり侍る、女も身の程をなげき、此有さまにてハ、おとこにそひさふらふことも心うしとて、京へのぼり、北野真西寺に取こもり、ひとへにごせをそ祈りける、まことに有難きためしにそ